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「マクロ経済」編 印刷 Eメール

2007年参議院選挙 有識者評価/「マクロ経済」編

齊藤誠(一橋大学大学院経済学研究科教授)
さいとう・まこと
profile
1960年名古屋市生まれ。京都大学経済学部卒業、マサチューセッツ工科大学(MIT)経済学博士(Ph. D.)。住友信託銀行、ブリティシュ・コロンビア大学(UBC)経済学部、大阪大学大学院経済学研究科等を経て、2001年から現職。著書に『新しいマクロ経済学 新版』(有斐閣、06年)、『資産価格とマクロ経済』(日本経済新聞出版社、07年)など。

大事なのは成長基盤や成果の配分が公正となる仕組みづくり

 日本の潜在的な経済成長力を引き上げるために、今一番必要な議論は、労働市場や資本市場などの仕組みを改革して、既得権益の部分をできるだけ政治がうまく解消しながら、市場制度の改革を進めて成長基盤を整備することです。法人税減税をするとか、金融政策に過度に介入するなどの、マクロ経済政策が対処する課題ではありません。労働と資本がうまく円滑に回って、かつ資本市場で、技術革新のできるような投資機会がどんどん発掘されるようなメカニズムをつくっていくことが、成長基盤をつくるということだと思います。

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 しかし、小泉政権から安倍政権へ継続してずっと思っていたことですが、マクロ経済政策に関して言うと、対立軸の持っていき方がかなり不自然な感じがします。

 例えば総裁選のときには、「成長」か「財政再建」か、または、「成長して底上げ」か「格差是正」か、という形で、そうした二律背反の中で小泉政権も安倍政権も「成長」を目指す。それも、「実質ベースだけではなくて、名目ベースでも大きくなっていかなければいけない。それを果たしたらデフレ脱却だ」と議論してきました。しかし、そうした選択肢には、各々理論的な裏づけがあるわけでもなく、例えばA候補はこっち、B候補はこっちという形で、非常に魅力的なフレーズとして、選挙のときの敵・味方の色分けだけのために使われています。

そうして何となく決まっていく資源配分のあり方は、日本経済の長期的なスパンからいって、必ずしも望ましくないように思います。経済全体の効率性を高めるためにどうあるべきか、という観点に立って、マクロ経済政策を議論しなくてはなりません。

 因みに、後にも述べるように、自民党の参議院選挙マニフェストにおいては、経済政策に対するプライオリティーは低くて、110番目以降の項目に書かれているのですが、そこに挙げられているミクロ経済政策には大賛成です。

 生産性を上げることは良いことだと思いますが、それを5年間などに限定するなど数値目標を掲げるのは適当ではないと思います。そもそも、やってみないとわからない部分で、成功の事例を集積しましょうというのが成長政策ですから、そのときに大化けしてすごいことが起きるかもしれませんし、逆にそこそこで終わるかもしれません。もちろん長期的にはパイは拡大する方向にいくと思います。

 大事なことは、いろいろとチャレンジしていって、うまくいったかどうかを表面的に評価することよりもむしろ、そういうチャレンジができるような仕組みがあるか、その成果や果実の配分が公正であったか、といった仕組みを整備することです。

 また、労働市場に関しては、技術革新を背景にして多様な雇用形態が生まれていますから、労働関係法制の見直しが必要です。ホワイトカラー・エグゼンプションの議論は、安倍政権の成長戦略としてわかりやすいものだったと私は思いました。特に企業内の中核労働者やプロフェッショナルの生産性が、現在はデッドロック状態になっていますから、柔軟な雇用体系を構築しなおすことは、まさに成長基盤をつくることになると思います。しかし、議論が「残業ただ働き」などという問題にすりかわってしまい残念でした。

 資本市場の制度整備について、安倍政権における優先順位は低いと思いますが、東京証券取引所の国際化や、資本市場における規制緩和を行わなければいけません。

 法人税減税にしても、金利負担を低くするための低金利政策にしても、確かに理論的には、資本コストが低くなって、設備投資が促されて、経済成長も高まっていく可能性は十分あります。

 しかし、そういう政策が人々の厚生を引き上げる上で最も効率的であるとは思えません。というのは、1990年代以降から法人部門にキャッシュ不足の問題はほとんどありませんから、そもそも必要性が低いです。また、国際競争力も何もないような資本に関してもどんどん資金が投下されてしまいます。すると、見かけ上は設備投資も活発になって、資本蓄積も行われるけれども、将来の富を支えるような生産基盤にはなかなかなりません。したがって、法人税減税が経済成長を促すとは思えません。

 このように、経済成長につながる政策は、皆ミクロレベルの政策で、マクロ経済政策上ターゲットを設定して行われる種類のものではないと思います。

小泉政権の経済政策にはある種のわかりやすさ、明快さがあったのに比して、安倍政権の経済政策の骨格はわかりにくいです。

 小泉政権は、不良債権問題の解決、郵貯の民営化、道路公団の民営化などに、経済政策上の目標がきっちり設定され、その手続きと工程が示されたことで進捗が見えやすかったです。しかし、安倍政権は、言葉では全然間違っていることを言っていないとしても、結局、何がしたいのかということになったときに、なかなか見えにくいです。そして、理論や工程はないのに、言葉のレトリックの部分だけが共鳴するように続いています。

 それは、安倍政権においては、経済に対するプライオリティーがそもそも低いからだと思われます。

 そういう意味では、経済政策の項目が100番目以降になっている自民党の参議院選挙用のマニフェストは、経済政策よりも憲法や教育、安全保障に政権のプライオリティーがあることがわかるという意味で率直だとも言えます。マスコミも憲法や教育の方を、また最近は社会保険庁の話にフォーカスしていて、財政再建とか経済成長とかには、あまりクローズアップされていないように見えます。

 しかし、110番以降は、基本的にいろいろなミクロのパーツの経済政策です。それらをマクロ経済政策だと言わずに、それぞれの市場の目配りをしたミクロ経済政策をやっていくことはとても重要だと思います。

財政再建~租税基盤の再設計が必要

 財政再建も、不景気だとか、好景気だからという部分で、税の基盤の議論はあまりしない方がいいんだと思うんです。というのは、税の基盤を長期的に構築していくタイムスパンと、景気循環が起きるスパンでは、前者の方がはるかに長いのです。ですから、瞬間風速的な好景気の姿が二〇年も三〇年も続くようなナイーブな外挿予測のもとで議論してはいけません。フローが少々改善したとしても膨大な債務があるわけですし。

 税については、景気がいいとか悪いとかということから離れて、長期的に租税の基盤を構築するための議論をちゃんとしていくべきです。ですから、成長か財政再建か、といった二律背反の議論とは関係ないところで、租税基盤をきっちりつくるための議論は、今からどんどん始めればよいと思います。

 また、社会保障番号や納税者番号を入れて、税の捕捉をきっちりした上で、あとは消費税に頼ることもいいとは思います。消費税も幾つか望ましい側面は持っていますから。

 社会保障も税も一緒にした社会保障番号を設けて、個人のアイデンティフィケーションをきっちり行って、資本所得、労働所得、金融取引全般に正確に把握するシステムを持っていれば、その中に社会保障保険料の徴収の部分の仕組みを組み込むことができると思います。この点、税と保険料に対した歳入庁の話とか納税番号の導入を挙げている民主党のマニフェストには、全体の整合性はともかく共感します。

そういう租税基盤の設計をするのであれば、もちろん消費税の議論も封印することは全く必要がありません。徴収の仕組みがちゃんと公平性を担保できているのであれば、税の議論もきっちりしていけばよいと思います。

 保険料の徴収も含めて、税のいろいろな仕組みにいろいろな不公平があることに関して、国民がすごく不安を持っているので、それでなかなか進んで税金を払うことができないのだと思います。ですから、ちゃんとした制度基盤をつくっていけば、これは、税金に関しても、社会保障料に関しても、国民がきっちり負担していくような基盤ができるのではないかと思っています。

 ですから、今、歳出の議論がしっかりできないから、増税は駄目だというようなニュアンスで語られていますが、これは筋が違うと思うのです。

支出構造の転換についても、本当に日本の社会にとって必要だったらどうかというコンテキストで見直すことは長期的なスパンの中で今からどんどん改善するべき問題です。

 それを、「成長していけば、財政再建もできます、増税もいりません、一人当たりの名目GDPも引き上がってきます」という形で議論して、「一人当たりが上がれば底上げで、格差の問題も自然と是正します」というところまで言ってしまうのは、ミスリードだと思います。

 税と支出構造の話は、タイムスパンの短い議論ではなくて、どちらも長期的な課題で、政治はそれを議論していくべきです。消費税増税はするかしないかとかという、瑣末な論点による色分けに終始してしまうと、最終的に国民にとって望ましい選択肢を提示するような議論につながっていかないと思います。国家が債務を積み上げて、所得再分配、社会保障、金融活動にここまで深く関与する国のあり方そのものを、青臭いと言われるかもしれないですが、正面切って議論を展開して政治が本当に筋や信を問うような政党とか政治家がいてもいいと思います。

 公平の議論も、明らかにマクロ経済政策ではなくて、成長も目指しつつも、平等な社会というか、極端な不平等が生じないようなことは考えていかなくてはいけないと思っています。

 そうすると、不平等の源泉がかなりの部分、資産の受け渡しとか資産所得の方に依存していますから、資産所得税とか資産税とかという議論も正面切って議論して、特に資産所得の捕捉には、社会保障番号や納税者番号がないと、なかなか難しいですから、そうしたことをきちっとやっていくことが公平性の配慮にもなっていくと思います。

 それぞれの政策目標に関して、ちゃんとしたミクロ的な制度基盤をきっちりつくっていくことに注力しなければいけません。ところが、それを全部成長すれば解消するという議論にすりかえてしまい「こんなうまくいくわけはない」と思ってしまうようなことを政治が言ってしまうと、マクロ経済政策上のメッセージとしては、逆に政治への不信につながってしまうと私は思います。

格差と格差「感」

 IT革命下の先進資本主義諸国を見れば、厳しい技術革新競争の中で明らかに不平等が高まっていますが、その中でどこまで所得再分配を求めるのかは難しい課題です。しかし、格差が事後的に生じてくることにはやむを得ない部分があって、それがいいとか悪いとかという問題ではないと思います。成長したら解決する問題でもありません。

 他方で、格差の問題とは不平等が社会全体に広がっていることなのかと思えば、ワーキングプアの若者についてテレビが特集を組んだりもします。そうすると、若者が全員そうなってしまっているような感じを与えてしまいますが、現実の労働市場は、必ずしもそうなっていません。実は人手不足で、ある程度うまくやれば、ちょっと前よりはるかに雇用される可能性が高まっています。

 もし、本当に底辺の部分が大変だというのであれば、問題解決はむしろ簡単です。最低賃金を少し上げたりとか、生活保護の基準をきっちりするとか、所得再分配機能を高めてやればよいのです。

 今の不平等の本質は、そうした底辺の部分ではなく、政治家を見ても、二世、三世の人たちが増えているように、日本の経済社会が今までかなり平等的なところからスタートしていたものが、戦後しばらくたって資本の蓄積が進んでくると、スタートから大分違う人が生まれていることにあると思います。

 また、これだけ多くのリスクにさらされると、能力よりは運、不運で結果が大きく左右されたり、または、アンフェアなことをして、大儲けをしてしまうということが起きてしまうと、人々は不公平感、不平等感をすごく抱いてしまいます。そう考えると、資産や資産所得への課税なども、考えてみてもいいかもしれません。また、これだけ規制緩和をしているのですから、制裁を用いてルールの遵守や情報開示を徹底するといったことをやっていくべきだと思います。そうして国民の中に出てくるいろいろな不平等「感」をなくすことで、合理的な結果として出てくる格差ならば、それを社会全体が許容する程度も上がっていくのではないかと思います。

 さらに、現在の不平等の改善という問題は、自分の所得を上げるとか、今の生活水準を改善しろという要求ではありません。平等の度合いだけならば、欧米社会に比べて日本社会はまだまだ平等です。また、不平等を是正しようとして国家が全面的に関与してくれば、基本的に社会主義国家になってしまいますし、それはやるべきではないと思います。

 問題は、不公平な取り扱いがあったり、アンフェアなことをした人が見逃されたりすると、特に中産階級の間で不平等「感」が高まっていることにあると思います。「私もあなたも一生懸命働きました。しかし、私はあなたの給与の二分の一でした。けれども、これは結果ですから受けとめます。」というように納得ができて、そして私とあなたの間の信頼関係も変わらない社会が健全な市民社会であると思うのです。

 多分天下り問題も、そうした文脈にある問題だと思いますが、民主党でも自民党でも全然拾い切れていないものだと思います。民主党は特に、結果の平等・ばら撒きに偏りすぎているという印象があります。

 また、地方格差を是正するための「ふるさと納税」という政府の議論も、想像力を絶するほどの実務上のコストがかかるようなことを言い出すことが、責任を持って議論することだとは思えません。


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