2007年参議院選挙 有識者の評価/「財政再建」編
土居丈朗(慶應義塾大学経済学部准教授)
どい・たけろう

1970年生まれ。大阪大学経済学部卒業、東京大学大学院経済学研究科博士課程修了。東京大学社会科学研究所助手、慶應義塾大学経済学部助教授等を経て、2007年から現職。著書に『地方債改革の経済学』(日本経済新聞出版社、07年)、『三位一体改革 ここが問題だ』(東洋経済新報社、04年)、『財政学から見た日本経済』(光文社新書、02年)など。
過剰な成長率頼みの賭けは危険である
増税なくして、弱者保護なし
今、景気が良くて、税収の自然増収は増えています。しかし、これからは高齢化で財政支出が増えるのは目に見えています。それから格差が広がっているという話もあります。格差是正や高齢化対策に備えて、どういう形で財政を立て直していくのか。 argaiv1274
もし借金がなければ、これからどういうふうな形で税金をとって、政策を講じるかという話ができると思います。しかし残念ながら、90年代に借金をたくさん抱えてしまったわけですから、極端に言えば、100メートル走を30メートル後ろから走り始めるような状態です。過去の負債を返済しつつ、高齢化・格差是正のために、どういう財政政策をするか、議論を行う時期にきていると思います。
過剰な経済成長頼みは禁物です。財政健全化と整合的に経済成長を志向するべきだと思います。その場合は、その路線は非常に選択肢が限られているので、戦略的に財政健全化と経済成長率とを両にらみにしながらも、ロスを抑えつつやるしかないでしょう。
企業減税だけすると財政健全化に問題があります。消費税増税と組み合わせる戦略もありますが、それは博打だとする議論が永田町では多いです。企業減税と消費税増税をセットにするのは賭けで、国民を説得できないと考える人が多いのです。
しかし、もし税制を使って両立路線を考えるには、そういうことくらいしか思いつかないのです。増減税のパッケージのために、政治家は国民に対する説得すらし始めていないのが現状だと思います。
小泉内閣以降の路線は、歳出をスリムにして、あまり増税を積極的にはせず、できるだけ経済成長率を高めて、そのパイによって限定された政府の仕事をするということです。それであれば、今の安倍政権の路線は、それなりに筋が通っていると思います。
しかし自民党内は、全体的にそこまで割り切っているわけではないです。参議院選挙のために、格差是正をするというなら、どこからか税源を持ってこなければいけない。財政の問題を棚上げにして格差是正の話をしているのが自民党。もっとひどいのは野党で、野党は格差是正の話しかしない。
私は「増税なくして、弱者保護なし」と思います。弱者保護のための格差是正には追加的な大きな財源が必要です。「小さな政府」志向ということは、格差是正は後回しにしますということなのです。それを野党は批判するのはいいのですが、増税を口にせずに、弱者保護だけいうのは、要は借金をして弱者保護をするのですか、という話です。そこのあたりは、お茶を濁しているところがあります。
今の状況は、国と地方合わせたプライマリーバランスは赤字で、債務残高を増やし続けています。赤字の額は減ってきて、残高の増え方は緩やかになっていますが、増えていることには変わりありません。
債務残高が増え続けると、金利が上がるわけです。日銀が意図的に低くしようとしているにもかかわらず、長期金利は世界の趨勢に合わせて、2%近くに上がり始めています。
もし企業が日本国内で、資金を調達して設備投資をしようとすると、日本国内の貯金を、国と企業の間で取り合いになる。そうすると、当然金利は上がります。さらに世界で金利が上がってくると、日本の金利もつられて上がってきます。そうすると、当然今のような低い金利で日本政府は借り続けられなくなる可能性が出てきます。場合によっては四% 、五%になりますから。その結果、国民向けの政策に回すべきお金が、優先的に債務の返済に回され、政策の自由度は下がります。いわゆる財政の硬直化で、これが切実な問題になる可能性があります。
これを解決するためには、少なくともプライマリーバランスは黒字化する。これは、ある程度成長が続けば、借金が増え続けることは止められるということです。ところが今の状況は、OECD基準では、日本は対GDP比で負債残高が180%で増え続けていて、とても安心していられる状況ではありません。欧米諸国は、60%くらいにしようと言っています。私が直感的に思うのは、安心していられるレベルは100%、GDPと同じレベルの債務残高に落とし込めれば、よほどのことがない限り暴発することはないだろうということです。
もう一段上の目標を
次のステップは財政収支の黒字化です。プライマリーバランスは、国債費と新発の国債の収入を除いた部分の収支です。それを全部トータルして黒字化すると、債務そのものの残高が減り、経済成長するともっとその比率が減る。その赤字は3%以下でなければいけない、というのがマーストリヒト条約です。しかもヨーロッパ諸国は今景気がいいので、財政収支そのものをゼロにすることを目指しています。
日本もプライマリーバランスを黒字化した以降の目標としては、財政収支そのものを黒字化するため、手順を踏んで、できるだけ後世につけを残さないように努力する必要があると思います。
経済学的に、プライマリーバランスという収支の定義には確かに意味があります。財政の持続可能性を図ることには意味があるとの収支の定義です。しかし問題は、それをゼロにしたからといって、すべて解決したといえるかどうかは、経済成長率と金利の大小の関係次第なのです。財政収支そのものがゼロ、願わくは黒字化するというところまでいかないと、本当に債務は抑制できません。
小泉内閣のときに、経済財政諮問会議で竹中大臣と民間議員が、マンキュー・ハーヴァード教授らの、「デフィシット・ギャンブル」という論文を題材に議論しました。しかし、あの論文を最後まで読むと、彼はその賭けは危険だと言っています。確かに高い成長率に賭けるというギャンブルに成功した例はあるが、それは確率的にはいい賭けではないというのがあの論文です。成長率が高くなるか、金利が高くなるかという、さいころを振るような話で、ギャンブルに打って出ていいのか。
債務残高そのものが減れば、確実に対GDP比でも減っているわけで、それを躊躇する必要はないです。プライマリーバランスがゼロになる程度に、債務が減っていくスピードでいいのか、もう少しハイスピードで債務残高を抑制していくのがいいのか。
もちろん、過度に増税して、過度に経済成長率を抑制するということはあってはなりません。しかしいつかは借金を税金で返さなくてはならないわけで、残された選択肢は、増税は今日か明日でしかない。上げ潮路線は明後日でいいではないかという政策です。
2%、3%成長すれば、GDPは600兆ぐらいになるので、GDPが増えることと債務残高そのものが減ることを両面でやれば、債務残高を半減するのはそれほど劇的なことではないです。それでも、少なくとも30年くらいは必要だと思います。その間、絶えず努力をし続けていることを見せて、マーケットに信頼感を与えることが大切です。
確かに金額的には、プライマリーバランスの黒字化は、あまり無理をしなくても成り立つと思います。しかし国民の皆さんはどんな税金でも、払えばそれでいいというものではないですね。今のまま自然増収に任せて、2009年から基礎年金の国庫負担が2分の1になることを踏まえると、例えば年金財政でいえば、年金保険料は所得比例、税金の主だった分は所得税で賄われています。主に高齢世代が年金世代を養うレジームで、2010年代を迎えていいのですか、という話です。それでいて、給付と負担の格差は世代間で非常に大きなものがあるのです。
目標は2011年にとどまらず、もう一段上の目標と、それをどうやって実現するかをきちんと示すべきです。それがないので、当座どうにかなればいいという議論に流されている印象があります。
小泉さんの登場で、財政規律が導入され、残高の増え方は緩やかになり、逆に危機感が薄らいてしまった。ただ気を付けないといけないのは、今の状況で国の借金のせいで日本がいきなり死ぬことはありませんが、ゆくゆくは危なくなるかもしれないということです。しかも、将来非常に大きな病を発する状態でありながらそれを調べもせずに生きているのが、今の状態です。大きな病とは、高齢化社会で社会保障給付がどんどん膨らむことがわかっているにもかかわらず、借金を重ねて、増税もせずに何とかなるのではないかという幻想を、国民に与えていることです。
もう一ついえば、これからアジア諸国が成長し、中国が台頭する中で、戦略的な投資によって産業構造を変えていかないといけない。場合によっては、国がサポートしなければいけないところもあるでしょう。実際に欧米は、基本的な研究は大企業がお金を費やせなくなって、国が資金面でサポートしています。日本が借金を重ねれば重ねるほど、そういうことが機動的にできなくなり、産業育成にとっても非常に大きなマイナスになるわけです。
選挙で是非を問う責任を果していない与野党
公共事業と社会保障の話は分けていいと思います。社会保障は義務的に給付しなければならない。医療給付の無駄には襟を正すべきですが、必要な医療はきちんとやっていかなければいけません。増税もせず財源を自然増収に任せていると、極端に言うと医療給付は経済成長に合わせた形でしか増やせない、それでいいのですかという話です。
その財源は消費税なのか、所得税なのかも考えるべきです。結局財源がなければ、給付はカットせざるを得なくなります。小泉さんの戦略はじつはそこにありました。社会保障給付にまだ無駄があると思ったので、増税なき財政再建、社会保障改革といって、シーリングをかけてきたのです。しかしだんだん切り詰める余地がなくなってきて、必要なところに給付するには、財源の確保が必要になりました。社会保険庁のことをちくちくやっても、財源がぽこっと出て、医療に充てられるというものではありません。そこはケタが違いますから。
安倍政権のマニフェストは、選挙になって、最後に一言がつんと言うべき台詞を、喉元で止めてしまったのではないかと私は思っています。
安倍政権では、諮問会議も安倍内閣のメンバーも、相当能力ある人がしかるべき地位についていると思います。税制改革についても一家言や具体策もそれなりにあるのかもしれませんが、それをはっきり言うと、毛嫌いする自民党支持者もいるだろう、選挙があるので曖昧にして聞き心地のいいことだけ言って票をもらおう、という魂胆が見えます。政治家も有権者の足元を見て、角が立つのを避け曖昧にして、与党は簡素で効率的な政府といっています。
しかし、それは本来選挙で問うべきです。消費税の話にしても、弱者に厳しいという話があれば、経済学者などの助けで、所得税でケアする対応策があるなどと言えばいいのです。与党は感情論的な反論に積極的に立ち向かうという姿勢があってもいい。
本当は、財政問題でいえば、どの税をいつどうするかを、きちんと国民に示した上で国民に信を問うていただきたいです。それが今は秋以降、秋以降と言っています。
結局、日本の不幸は、大きな税制改革は選挙と選挙の間でしか行われないという皮肉です。本当は、選挙で信を問うた後で本格的な税制改革を行う形にならないといけないと思います。
自民党のマニフェストは、2005年のときの繰り返ししか書いていないですね。歳出歳入改革の抜本的改革に関する部分は、少子化対策に財源を使うということ以外は、小泉政権マニフェストそっくりそのままです。本当は進歩させたかった人もいたのですが、結局ここまでしか至らなかったということです。それでも書いているだけ誠実で、他の政党はこんなこと書いていません。
民主党は、消費税は現行の税率を保つと書いています。財源問題を隠しているから、ばら撒きとラベルを貼るしかありません。借金をしてでもばら撒きをするのか、と国民は問わないといけません。
いろいろ言っていますが、なかなか増税とは言いません。格差是正を自民党より言いたがっているはずですから、野党はなおさら財源問題を語らなければいけないわけです。野党は、その姿勢をもっと示さなければいけないのに足りていません。
民主党は消費税改革の推進といっていますが、これはインボイスを入れるだけで、増税とは言っていません。法人税は維持する。相続税と贈与税を増税するとも言っていますが、それで税収が急激に増えるわけではありません。国際貢献税もむしろODAに回すお金です。環境税の話も、結局のところは社会保障や財政健全化の問題について、何か直接税収でどうするかを言っているわけではありません。
年金問題の対策なんて、誰が総理大臣になっても同じようにするしかないわけです。それを目くじら立てて、選挙の争点にしても何の意味もなく国民にとって不幸なことです。誰が政権を握るかで、対応が変わり得るものについて選挙で是非を問う。それを国民の側も政党に対してきちんと働きかけないと、なめられているということでしかないですね。
財政の国民負担率が高いと、長期的には経済成長率に悪いといえます。しかし、それが高いスウェーデンの方がこの10年、15年では平均的に経済成長率が高いのです。日本はその逆です。国民負担率は中長期的には影響がありますが、短期的には、成長のエンジンがしっかりしていないことの方が問題です。
EUは税率引き下げ競争の局面に入っています。重い負担をかけると、企業や特に金融業が国外に拠点を移してしまうことを懸念しているのです。しかしそれは、財政健全化の足並みをそろえようという、マーストリヒト条約があっての話です。日本はまだそこに至っていません。
増税が嫌だ嫌だといっていても仕方ないので、フェアに財源をどうするか議論した上で、生活を社会保障でどう面倒を見てもらうかが重要です。
残念ながら、今回の参議院選挙のマニフェスト、特に野党のものを見ると、未来永劫増税がないような書きぶりになっていて、不誠実だと思います。
財政再建で悪いのは、朝令暮改です。信用されなくなって、歳出削減圧力も高まってくる。安倍政権は、まだそれを反故にするところまでにはいっていないと思いますが、これを反故にしたら、まともな財政健全化策はいつ立てられるのか疑問です。
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