Payday Loans
   
「未来選択」は言論NPOが運営するマニフェスト評価専門サイトです。
【メイトになると最新情報】がメールで届きます。
言論NPO

 

2012年衆院選対応「未来選択」新サイトオープン

 2012年衆院選対応の「未来選択」はこちらに移動しました

言論NPOとは

日本のメディアや言論のあり方に疑問を感じた多くの有識者が、日本の主要課題に対して建設的な議論や対案を提案できる新しい非営利のメディア、言論の舞台をつくろうと活動を始めた認定NPO法人です。
⇒詳細はこちら

▼参加したい方はこちら


▼言論NPOのツイートはこちら

▼お問い合わせはこちら

「教育改革」編 印刷 Eメール

2007年参議院選挙 有識者の評価/「教育改革」編

岡本 薫(政策研究大学院大学教授)
おかもと・かおる
profile
1955年生まれ。東京大学理学部卒業。OECD科学技術政策課研究員、文化庁課長、OECD教育研究革新センター研究員、文部科学省課長などを経て、2006年から現職。専門はコロロジー(地域地理学)で、これまで81カ国を歴訪。著書に『日本を滅ぼす教育論議』(講談社現代新書、2006年)、『著作権の考え方』(岩波新書、2003年)など。

教育の具体的目標をまず語ってほしい

マニフェストを評価する三つの観点

 安倍首相は教育改革に、かなり取り組んできました。今、参院選で、われわれはどういう視点で安倍政権が進めているこの教育改革を見なければいけないのか。教育に限りませんが、政党にしろ、評論家にしろ、何かの政策についての議論をしているときには、有権者の皆さんは次のような観点から見なくてはいけないと思います。

argaiv1038

 一点目は現状をちゃんと分析して捉えているか。二点目は、教育改革と言っているということは現状に問題があるからだから、その原因をちゃんと追及して捉えているか。三点目は、その問題を乗り越えて目指す状況が具体的に設定されているかです。これらの視点から、政党のマニフェストを見なくてはいけないと思います。

 今の教育改革を、この三つの基準で考えると、各政党が言っていることも、あるいは専門家とか、学者とか、ジャーナリストとか、いろいろな人が言っていることも、私に言わせるとほぼ全部、駄目だと思います。

 一点目に関しては、例えば皆さんの関心が深い学力の話を出すとしますと、学力が下がっていると言う人がいますが、では、学力の現状を誰かちゃんと捉えているのでしょうか。下がっているとしたら、どんな学力がどれくらい下がっているのかということをきちんと調べた人はいません。

 二点目の原因について言うと、仮に必要な部分について学力が下がっているとして、なぜ下がったのかという原因を誰も分析して特定していません。例えば教育再生会議は、学力調査で日本の子供たちの学力順位が、読解力についてはフィンランドよりも下の14位になってしまったので、授業時数を増やすと言っています。しかし数え方にもよりますが、じつはフィンランドの授業時数と日本の授業時数を比較するとほぼ同じ、ないしはフィンランドの方が短いという数え方もあるわけです。

 三点目の目標設定があらゆる政策で最も重要です。教育というのは卒業後の子供たちをある状態にするためにやっているのです。そこのところを誰も特定していないところが大きな問題です。目標を明示しない政策というのは後で評価もできませんし、有権者の方々には、現状は正しく理解されているか、原因は特定されているか、具体的な目標は明確に表示されているかという観点から、政策を評価していただきたいと思います。

教育目標の設定が必要

 公教育の再生、ゆとり教育の見直しという課題の設定については、政治マネジメントとしてどうかという話はさておき、少なくとも政策マネジメントとしては、私は間違っていると思います。つまり漠然とした子供たちのモラルや倫理、あるいはゆとり教育について、定義がはっきりしないまま、世の中の人が問題意識を持っているからそれを何とかしなければいけない、と言っているだけです。

 学力のことを言いましたが、実は徳育―規範意識―も同じで、この「規範意識」という言葉には、「モラル」と「ルール」が混同されています。当初は「ルール」の話だったはずが、いつの間にか「モラル」の話になっているのです。

 それを国民が支持して、それを政策にするならば構いません。しかし、本当にそうするのであれば、目標を設定して、子供たちをその状況に持っていこうとして、結果としてそうなっているかどうかを政策的に評価しなければいけません。しかし規範意識に関する教育を行った後、評価はしないと言っているわけで、これでは政策マネジメントにならないと思います。

 課題と目標がはっきりしない中で手段が出てきても、私は意味がないと思っていますが、授業時数を10%増やすことによって何かが起こるでしょう。そして、その変化の良し悪しが政策評価になるわけですが、子供たちの教育の目的を定めていない以上、評価はできません。

 ただ、目標と手段の関係は単純ではなくて、ある目標を達成しようとするために手段を定める。そうすると、今度はその手段が主要目標になって、これを達成するためにはこのような手段が必要という構造になります。そのため、時として、目的と手段の混同が起こります。ですから、有権者の方々は、書かれたものを見たときに、いったい何を目標にしているのかを見極める必要があります。

画一的な教育目標がもたらす弊害

 徳育については、教科書をつくって準教科とし、単位も道徳となっています。ところが中央教育審議会の山崎正和会長らが反対して、何となく点数もつけないし、特定の教科書もつくらないという形になってしまいました。心の教育でも、徳育でも、道徳でも、それによって子供をどういう状態にするのかという目的議論をちゃんとせずに、手段を議論しているからです。

 あらゆる政策の最終目標は国民の幸せです。この政策が、どうその幸せにつながるのだろうかという観点からぜひ見ていただきたいと思います。誰にとっていい状況をつくるのかを決めるのは政治で、これは役人がしてはいけないことです。ですから、政治は明確な目標を提示して、違っているのであれば政党同士で意見を戦わせて、選挙で国民の審判を受けなければいけないと私は思っています。

 私は文部科学省出身ですが、自民党のマニフェストを見ると相変わらず曖昧なことを言ってごまかしているという感じがしてしまいます。ただ、それは有権者、親御さんたちが、「政府はわれわれの子供に最低限、何を保障してくれるのか」という声を上げないと変わらないと思います。

 建設的な議論をするためには、すべての子供が達成すべき目標水準と、そうでないものを分けなければいけません。ところが日本では、今までそこを分けずに全体として一律に詰め込み教育にいき、全体として一律にゆとり教育にいき、また一律に学力最重視にいってしまっています。日本がまずいのは、結果平等を目指したことではなくて、結果平等にすべきことと、それ以外のことを分けていなかったことです。すべての子供に保障すべきものは何かという議論が必要です。

「モラル」と「ルール」の混同

 目的について言えば、思想、信条、良心の自由ということが憲法に書いてあって、かつ今、日本人全体が個性化、多様化と言っています。個性化、多様化というのは、心も、モラルもばらばらになっていくということです。にもかかわらず、すべての子供に共通して教えるべき心とか、倫理とか、モラルとかがあるとしたら、それはちゃんとルールを守ろうとする心でしょう。だから、ルールを守らせる。それから先は、思想、信条、良心の自由があっても、植えつけるべき心はあるのかないのかというように、論理的に考えなくてはいけない。

 ところが目的が、ルールよりも、例えば親を愛するとか、モラルとか、気持ちとか、そういうことで構成されている。そうだとしたら、すべての子供に持たせるべきモラルというのが、個性化、多様化という中で、何があるのかを特定しないと論理的な政策論争はできないでしょう。

 また特定の先生を持たずに、学級担任がそのようなモラルを教えるとありますが、そこでこそ、教員集団が声を上げなければいけない。政治家の先生方は教師ではないわけですから、国家の目標としてあることを議論なさる。それが例えば何とか基本法に書かれます。それを現場では具体的にどういうルールや基準でやるのか翻訳しなくてはいけません。本来これを翻訳するのが役人なのですが、文部科学省のお役人は政治家と同じレベルの曖昧なことを言っているから駄目なのです。逆に言うと、教師集団がそこに声を上げなくてはいけません。

高等教育の受益者は誰なのか

 さて、大学改革については、高等教育を国際的な海外の水準に合わせたいということでやっています。その中で大学の再編ないし、いろいろな運営交付金の競争原理をもたらして、つまり大学そのものにも競争を取り入れる。それに対して、地域の過疎という問題から見ておかしいのではないかなど、いろいろな目標が複雑になって多面化してきています。

 私は国際公務員として科学技術や教育の比較研究をしましたが、高等教育について述べますと、先進諸国の中で日本だけの欠陥は、高等教育の受益者は誰かということについての議論が、全く行われていないことです。日本より先に少子化を迎えた欧米では、予算や学生が減る中で、高等教育は何のためにあるのかという議論がさんざん行われました。しかし日本では、何のための、誰のための高等教育システムなのかという議論がちゃんとできていないから、お金の使い方についてもいろいろな議論が錯綜してしまいます。

 「戦略」というのは「選択」です。つまり政策を立てるときにあれもこれもということはできず、目指すものを決めるには同時に目指さないものも決めなくてはいけません。なぜ日本で国際競争力のある大学をつくりたいという議論が優先されるかというと、審議会の委員が大きな大学の有名な先生たちだからです。そういう方々の利害が反映されて、そういう結論になる。日本は国際的に太刀打ちできる大きな大学だけを残して、小さいところはなくすのだという戦略、これはあり得ます。ただ、それならそういう目標を立てて、その代わりこういう副次的効果もあります、日本はこれを取り、これを取らないのだということを明示する必要があります。そういう議論がちゃんとできていません。

日本の子供たちをどこへ導きたいのか

 今、私が申し上げたようなことを有権者の方一人ひとりが考えて、気付いて、それはここを切り捨てるという意味なんだということを問わないといけません。それを有権者の方々がそれぞれの選挙区の候補に問えば、各候補者も勉強しないと言葉の上滑りだけでは勝負ができなくなってくると思います。
このように有権者が問うためには、やはり最低限選挙のときに政治家が政策を有権者に説明しなければならない。つまり現状を把握し、現状の問題、原因を追及し、目標を設定する。中でも、一番重要なのは目標です。

 先述のとおり、教育の目標は子供をある状態にすることですから、各政党は教育政策によって日本の子供たちを、どういう状態にしたいのかを示すべきだと思います。ですから最初に示すべきことは、我が政党はおたくのお子さんに対して最低限ここまでは保障しますということです。それを各政党がシンクタンクなり、何なりを使ってつくる。そうでなければ教育政策ではなく、教育スローガン集にしかなりません。

方向性の羅列にとどまっているマニフェスト

 最後に教育にかけるお金のことについて言いますと、日本の教育投資は、戦後、実は数十年前は初等中等教育に対する投資は先進国中でも最高水準でした。それがなぜかどんどん減り、今は先進国中でも低い方に入ってしまっています。大ざっぱに言って、投資が大きい方がいい教育ができるという経験則からいえば、これを増やさなければ危ないと言えますが、どこにどうお金を使うかは別問題で、原因と結果の関係をちゃんと考えなければいけません。例えば、教員の給料を上げるというインセンティブは教員の質を高めるとよく言われますが、検証はされていません。悪いことだけでなく、いいことについても原因結果の分析が必要です。

 今回の選挙では、目標を設定して、手段を考えて、手段にお金が要るのであれば、どこに幾ら使えば効果的であって、効率的であるかという話になっていないところが問題です。マニフェストについては、自民党は教育再生を、新憲法制定の推進の次に書いていて、公約の場所取りとしてはかなりプライオリティーが高い。しかし多くは語りませんが、要するに手段の羅列ですね。むしろ手段でもなく、方向性の羅列です。私はこれを批判するつもりはありません。私はむしろ有権者の側に、これでいいのですか、お気持ちは満たされますかというふうに問いたいところです。

 今回のマニフェストはかなりスローガン的で、言論NPOとしても、選挙が終わってしばらく経った後に評価しろと言われても困るでしょう。仮に手段の羅列としても、その手段に具体性があれば、その手段が実行されたらどうかということは評価できます。しかし「○○を高める」のように方向性しか書いていないと、その評価もできなくなってしまいます。

政治と現実とのずれをチェックするのは有権者

 最近、教育問題については、有権者の方々の意識とずれてきているのではないかと非常に気になります。それは、学力低下の話にしても、「このままでは日本が」という国家を論じる人が増え、子供の幸せを論じる人が非常に少なくなってしまったことです。有権者の意識は自分の子供がどうなるかというところにあるのに、政治家も含めて偉い人たちが国家のことを議論している状態は、破綻が来るのではないでしょうか。

 民主党マニフェストの方は、部分的に数字が入っているところはありますが、例えば、「強く働きかけをしていきます」と書いてあります。これでは働きかけをすれば、それはもう達成なわけです。やはり自民党と共通していえることは、教育の目標である、最終的に子供をどういう状態にしたいのかという観点が抜けていることでしょう。

 民主党は、高等教育は無料化とか、希望者全入と言ったり、30人学級をやると言ったりしており、自民党よりは具体的ですが、大学全入した場合の大学の役割は何なのかというところが出てきていません。つまり上位の概念の説明がないということです。それがないとばら撒きになってしまう可能性があります。

 今回の選挙では、国民と合意を形成するという点では、各政党は役割をほとんど果せていません。ですから、有権者の方でよく考えていただいて、ご自身のお子様とそれぞれの政策がどういう関係になっているのかをよく見ていただきたいと思います。


⇒このページの先頭に戻る