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「政治とカネ(政治資金規正法)」編 印刷 Eメール

2007年参議院選挙 有識者の評価/「政治とカネ(政治資金規正法)」編

岩井奉信(日本大学法学部教授)
いわい・ともあき
profile
1950年生まれ。日本大学法学部法律学科卒、慶應義塾大学大学院法学研究博士課程修了。常磐大学人間科学部助教授、教授を経て、00年から現職。「新しい日本をつくる国民会議」(21世紀臨調)運営委員、社会経済生産性本部評議員。著書に『「政治資金」の研究―利益誘導の日本的政治風土』(日本経済新聞社、90年)など。

制度の抜本的見直しは提案されていない

 一九九四年に実現した政治改革の一環として、政治資金規正法が改正され、政治とカネをめぐる規制は以前に比べて厳しくなりました。しかし、それ以後も秘書給与問題や迂回献金問題など、散発的に政治とカネをめぐるスキャンダルが後を絶ちません。そのたびに個々の政治家が責任を取ることはありますが、政治とカネの仕組みに問題があるという点は見過ごされ、結果として、今日まで制度そのものの抜本的な見直しは行われていません。

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 今回、議論になった事務所費をめぐる問題が提起したことは、まず、政治資金収支報告制度に大きな欠陥があることです。現行の収支報告制度では、政治活動費について、五万円以下の経費には領収書の添付は不要となっています。また、事務所費に代表される経常経費には領収書の添付さえ必要ありません。そして経費の項目分けも曖昧です。税金と同様に、本来は一円たりともおろそかにしてはいけないにもかかわらず、経常経費については、何にお金が使われたのか明らかにする必要がないのです。となると、収支報告書からは政治資金の流れがわからないということになってしまい、何のための政治資金収支報告書なのか、ということになります。

 

3つの「財布」


そもそも政治家の「財布」は三つあるといわれ、おのおのに不透明な部分があります。

 一つ目は、政治資金管理団体です。これは、公職の候補者が、自身のために政治資金の拠出を受けるべき団体として指定を受けた団体で、誰の政治資金管理団体かは明らかにされます。

 二つ目は一般の政治団体です。これは誰でも非常に簡単に自由につくれます。現在、全国で七万団体あります。これはどの政治家の団体かを特定することは難しいのが実態です。

 三つ目は政党支部です。これは政党と同じ扱いになるため、企業献金を受け取ることができます。その実態は政治家個人に帰属するようなものになっている場合がほとんどで、政治家個人への企業団体献金を禁止している現行法の「抜け道」となっています。これは自民党だけでも数千あるといわれています。ただ、国会議員の場合、政党助成金の受け皿になるため、比較的透明性は高くなっています。

 政治家は、これら三つの財布を巧妙に使い分けることで、政治資金の流れをわかりにくくすることが可能になってしまい、政治資金の透明性が低くなってしまっています。

 このような政治家個人が多額の政治資金を集めなければならない背景には、現在の政党政治がうまく機能していないことがあります。小選挙区制の導入で、選挙競争は激化していますが、政党の財政基盤が脆弱なため、選挙費用をはじめとして、個々の政治家の政治活動にかかる経費を政党が負担することが難しくなっています。また、政党も当選者を、より多く確保したいために、個々の政治家の自由な活動を黙認しています。

 一方、政治家の側も政党本位の政治の下での選挙のやり方がわからないため、結局、中選挙区制時代の後援会中心の選挙活動を依然として展開しています。小選挙区制の下では、ともすれば多額の費用が必要になります。

 たしかに選挙区が小さくなり、政治とカネをめぐる監視が厳しくなったこともあり、以前に比べるとカネがかからなくなったとはいえ、若手政治家の場合、秘書の人件費など政治活動だけで年間五〇〇〇万円はかかるようです。そこで政党支部を使って、巧妙に企業献金を集めたり、小さいパーティーが何度も行われたりと、現在でも政治資金はありとあらゆる手段によって集められています。

 

透明性と公開性の確保が重要


こうした実情を踏まえた上で、政治とカネの問題をどうするかを考えたとき、何よりも重要なのは、透明性と公開性の確保だと思います。

 そのために必要なことは、政治とカネに関する情報を一元的に管理し、国民に広く公開することです。現在、中央と地方に分かれている収支報告制度を一元化することが何よりも求められますし、それをアメリカのようにインターネットで公開して有権者に判断を仰ぐことが必要でしょう。私は「公開は最大の抑止」であると考えており、厳罰化や規制の強化よりも効果があると思います。現状では政党に対する監査制度がありますが、政治家個人、すなわち政治資金管理団体や政治団体に対する監査制度はありません。だとすれば、資金の流れのすべてを公開することを前提とすべきです。

収支については、少なくとも一万円以上の出費には領収書を添付させるべきでしょう。また疑義が生じた場合には情報公開を求め、場合によっては、有権者が告発可能な制度も考慮すべきかもしれません。アメリカの場合、二〇ドル以上の収支は全面公開となっており、フランスでは全額公開です。領収書はともかく、収支の明細は全面公開すべきだと考えます。

 事務所費に関する法改正については、自民党案のように五万円以上に領収書添付を義務付けたとしても、すべて「五万円以下のものばかりでした」と言い逃れることが可能で、それをチェックすることはできません。これは民主党が主張する一万円以上に領収書の添付を義務付けたとしても、じつは同じです。やはりすべてについて、少なくとも明細を明らかにすべきでしょう。確かに事務処理は煩雑になるかもしれませんが、それを理由に政治とカネの透明性を高めることを否定すべきではありません。

 また、経費の分類に関してはきちんとした項目に関する定義付けを行い、何への出費を何として計算するのか明確なマニュアルをつくる必要があります。

 現在のところ、これが不明朗であるため、例えば領収書の添付が不要な経常経費の中に、政治活動にかかわるものが入っているのが実態です。本来、これは虚偽記載に当たるはずですが、そもそも経費の仕分けについての明確な規定がないため、罪に問えないことになってしまっています。使途の分類基準が曖昧だと、「花を贈った」という場合、これは本来慶弔費であるはずなのに、このようなザル法だと警察も捜査に入れません。その意味でも、誰の目からもわかる分類基準を作成すべきです。

 また、さらに踏み込んで、私は政治とカネのあり方の中で、先の「財布」の話でいえば、その種類は政党と個人の二種類だけでいいのではないかと考えています。

 政党政治の下では、政治家の政治活動は、本来、政党の活動といえます。ですから、普段の政治活動は政党がすべて面倒を見ることを前提として、政治家個人が政治資金管理団体のような独立の会計を持つ必要はないと思います。個人的活動に用いられた経費は、個人商店の経費のように、税務で把握するという方法でよいのではないでしょうか。もとより政党政治の下で政治家個人が資金を必要とすることもないはずなのですから、理想的にはイギリスのように、例えば一年で一〇〇万円くらいしか使ってはいけないという形で支出の上限規制を設けるのも一案でしょう。そうすれば政治家個人でお金を集めてくる必要がなくなります。

 政治家個人でお金を集めることが許されていると、資金的には独立してしまうため、政党の規律が政治家個人に及ばなくなってしまう危険性があります。実際、個々の政治家の政治資金集めを認めていない共産党の場合、その善し悪しは別として、政党規律が徹底していることは間違いない事実です。政党政治を本当に確立しようとするなら、より徹底して政党中心の政治資金制度にすべきでしょう。一九九四年の政治改革の目的は政党政治の確立にあったわけですから、趣旨を貫徹するべく、周辺の制度も平仄を合わせて政治家を追い込んでいかなくてはいけません。中選挙区制時代の政治家本位の制度が生き残っていることが問題の根底にあります。

 加えて、政治資金規正法違反に対する罰則をもっと厳しくする必要もあります。事実、公職選挙法改正で連座制の規定が強化されたことは、選挙違反を撲滅することに大きく寄与しています。これと同様に政治資金規正法違反が割に合わないものにすればいいのです。日本では汚職や政治資金規正法違反など政治関係の取り締まりは刑事罰中心に検察主導で行われる傾向があります。しかし、欧米では「政治的な死刑」、すなわち公民権の停止などが罰則の中心です。さらに欧米では、議会の倫理審査会がかなり機能していて、法を犯したかどうかは別にして、議会の権威を傷つけたことが処罰の対象になります。日本では、このような規定はありません。

 さらに欧米では、議会内で懲罰を受けた者を党は公認しません。政党政治で小選挙区であれば当選することができませんが、それにもかかわらず厚顔無恥に出てきた場合、他の候補者が共闘して落選させた事例がイギリスにあります。そうした議会の自浄能力といったものが、日本には全く働いていません。その分司法当局に期待するほかない状況ですが、議会制民主主義本来のあるべき姿を考えると、それは望ましいこととはいえないと思います。

 

踏み込みきれないマニフェスト


では、このような実情や課題を踏まえて、各党が何をしようとしているのか、マニフェストを参考にしながら概観してみます。

 まず、自民党は、政治資金管理団体には五万円以上の経費について領収書の添付を要求し、一方で政治団体には添付不要としています。これは事務処理が煩雑になるからという理由です。しかし、これでは政治資金管理団体で運用するべき部分を政治団体に付け替えて計算してしまえば、使途を公開する必要がありません。ザル法どころか、バケツの底が抜けているようなものです。これでは、ますます資金の流れがわかりにくくなってしまうでしょうから、事務所費の枝葉末節の議論をとりあえず乗り切ろうとする「まやかし」のようなものです。

 公明党はクリーンな政党として政治とカネについて従来、厳しい態度を示してきました。当初、公明党が提案していた政治資金規正法改正案では、すべての政治団体に五万円以上の経費について領収書の添付を要求するという案でしたが、結局、自民党と妥協してしまいました。

 一方、民主党は一万円以上のすべての経費には領収書の添付を要求しています。基準額は低い方が資金の流れがよく見えますし、透明性、公開性においてはこちらの方が優れているといえます。

 しかし、民主党も事務所費の小さな問題だけを扱っており、なぜそんなことが起きてくるのかというシステム全体の問題については踏み込めていません。

 ただ、各党とも、国民からすると納得のいかない政治団体による不動産取得の禁止をうたっていることは、一歩、前進ということができます。

 それにしても、どの党も政治とカネの問題をシステムとして捉え、抜本的な見直しを行っていこうという意欲はあまり感じられません。いずれも対症療法的なものばかりで、これでは類似の問題が再発する可能性も否定できませんし、国民の政治不信を払拭することはできないと思います。

 

天下り規制の限界


最後に、族議員、官製談合、天下りの関連性について述べてみたいと思います。

 日本は中央集権の官僚主導国家であり、国が多くの許認可権を持ち、財源も国が握っているため、地元や業界などに利益誘導を行う族議員の活躍の余地が多いのです。地方分権が進んだとはいえ、中央の役割は依然として大きく、まだ彼らが幅を利かせる余地があります。 しかも、中選挙区制度下では、同じ選挙区の議員間で役割分担があったのですが、小選挙区になって、議員が選挙区すべての利害を代表するようになり、「総族議員化」してしまいました。その分、利益誘導の構図は複雑になったと言わざるを得ません。

 他方、天下りを規制することで談合を断ち切ろうというのが安倍政権の姿勢ですが、果たして天下りの斡旋を一元化することで、談合などの体質が抜本的に改善されるかどうかは疑問です。天下りを規制することで、業界と官界とのつながりは多少断ち切れるとしても、政界と業界、政界と官界の関係は断ち切れないのです。また、人材バンク制度にして斡旋を断ち切っても、斡旋する人材が何省出身かわかってしまうのですから、意味がないように思えます。

 安倍首相には、政治とカネの問題に対する国民の不信感を拭うことに対してリーダーシップを発揮することが求められています。安倍政権を支持する若手改革派の多くは政治とカネの問題を抜本的に改革すべきだという意見を持っています。このような若手の意欲を安倍首相はくみ取っていくべきだと思います。

 ただ、政治とカネの問題は、台所事情が厳しいといわれる与野党や政治家にとっては、実のところ、あまり触れて欲しくない問題のようです。そのため対応も与野党ともに、どこか腰が引けたところがあります。特に個々の政治家からすると、規制が強化され、政党の力が強くなることを嫌がる傾向があり、政党はそのような政治家の主張を抑えられないのが実態です。

 安倍首相は、以前から何かと噂のあったとはいえ、総裁選で功のあった松岡利勝氏を農水大臣に任命しました。仲間を大事にして、論功行賞で人事を決めた結果です。支持率を重視し、スキャンダルを嫌った小泉前首相に比して、身体検査が甘かったことは間違いがありません。松岡大臣の問題は、やはり安倍首相の任命責任が問われることはやむを得ないと思います。

 確かに、以前に比べると政治とカネの問題に関して、世論の姿勢は厳しくなっており、そのため関係者が責任を厳しく問われるようになっています。ただ、それによって、政治とカネの問題が、個々の政治家の問題に矮小化され、制度やシステムの問題として考え直すという姿勢が弱くなっているのではないでしょうか。

 政治改革実現から一〇年以上が経ったことを考えると、このあたりで一度、現在の政治とカネの問題を検証し、抜本的に見直しを行う必要があるでしょう。国民の政治不信を払拭し、真の政治主導を確立するためにも、政治不信の最大の原因である政治とカネの問題について、不断の見直しを行っていく姿勢こそ、求められると思います。


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