年金政策の評価の視点は、大きく次の4つに分けられる。第1は、年金財政の中長期的な持続可能性確保である。今後、より一層の少子高齢化が進行し、わが国が低成長経済へ移行していくことが不可避なもと、賦課方式を基本とする年金財政を持続可能なものとすることは、必要不可欠かつ緊急性の高い課題である。2004年には、こうした認識を背景に、(1)年金給付抑制の仕組みであるマクロ経済スライド導入、(2)基礎年金の給付財源に占める国庫負担割合の3分の1から2分の1への引き上げ、(3)保険料率の段階的引き上げを柱とする年金改正が行われた。こうした給付引き下げ・負担引き上げという方向性自体は、正しい選択であったと評価される。
しかしながら、問題は、それらが極めて不完全なものであることにある。まず、マクロ経済スライドが未だに機能していない。04年改正当初、マクロ経済スライドは05年からその効力を発揮し始め、2023年度まで段階的に給付を抑制していくと想定されていた。実際には、マクロ経済スライドは、その効力を全く発揮しておらず、給付抑制は始まっていない(年金の過剰給付が起きている)。これは、マクロ経済スライドが継続的な賃金上昇と物価上昇があってはじめて機能するという制度的欠陥(名目年金下限型)を抱えているためである。今後を展望しても、継続的賃金上昇と物価上昇という前提確保が困難視されるなか、こうしたマクロ経済スライドの構造的欠陥是正は政府の責務である。
次に、国庫負担割合引き上げの財源が未定である。04年改正当初、政府は、年間約2.5兆円を要する国庫負担割合の引き上げを、税制の抜本改革を行った上で、09年度までに実施する計画であった。しかし、タイムリミットの08年までに税制の抜本改革は行われず、09年度および10年度の2年間は、埋蔵金を財源に国庫負担割合の2分の1への引き上げが実施された。11年度以降の財源の目途は立っていない。現行制度を預かる民主党政権は、目前に迫った11年度以降の財源手当を行う責務がやはりある。もはや埋蔵金はあてに出来ず、また、それは経済的には国債発行と同じであって、好ましくもない。
04年改正の内容の欠陥を是正しつつ活用するのか、あるいは、年金支給開始年齢引き上げ(給付抑制と同効果がある)などの別の方法を取り入れるのか、いずれにしても、年金財政の持続可能性確保に向けた取り組みが不可欠である。なお、こうした取り組みは、若い世代および将来世代にとってメリットがある一方、現有権者とりわけ高齢世代にとっては不人気な政策となる。しかし、それらを正直に国民に訴えることなくして、年金財政の持続可能性確保はあり得ない。
評価の視点の第2は、制度体系を、今日の雇用環境、世帯形態、および、グローバル経済などに合ったものへと作り変えることである。例えば、わが国の年金制度は、「モデル夫婦世帯」を前提としている。モデル夫婦世帯とは、正社員の夫と専業主婦の妻を指す。ところが、今日、こうしたモデル夫婦世帯は、もはや必ずしも一般的な世帯形態とは言えず、年金制度体系もそれに合致したものへと作り直していく必要が指摘されている。
あるいは、もともと自営業者と農林漁業者のための制度として1961年に発足した国民年金制度は、雇用形態の変化などを背景に、今日では、厚生年金に加入出来ない雇用者のいわば掃きだまりとなっている。国民年金制度には、厚生年金と異なり2階部分の給付はなく、保険料の事業主負担もない。国民年金へ加入を余儀なくされている雇用者は、いわば身の丈に合わない服を着せられている状況にあり、早急な是正が求められている。さらに、現在、全国民共通に給付される「基礎年金」があり、満額では月66,000円であるとされているものの、満額であっても生活保護の給付水準にも見劣りし、40年間保険料を納付して初めて到達する額であることなどから、実績としての給付額は5万円台にとどまっている。「基礎」とは名ばかりの年金となっている。
第3は、適正な執行である。国民年金保険料の納付率が60%台に低迷していることや、消えた年金記録5,000万件に象徴されるように記録管理に深刻な問題があったことは広く知られている。そのほかにも、総務省が2006年に指摘したように、本来適用されるべき厚生年金適用対象企業のうち約3割が未適用であるなど、年金行政のいたる点において、執行上の不備がある。こうした執行を適正化していくことも極めて重要な課題である。
第4は、改革プロセスそのものの改革である。いかに素晴らしい制度であろうと、充分な議論もないまま、ポンと国民の目の前に示されたのでは、国民の信頼は到底寄せられない。改革プロセスは、オープンで、分かりやすく、公正なものでなければならない。
従来、この点が極めてないがしろにされてきた。例えば、09年2月に公表された第1回財政検証(年金財政の長期見通し)では、長期的な賃金上昇率、運用利回り、それぞれ2.5%、4.1%という現実離れした経済前提のもとに行われた。これは、国民に対する真摯な情報提供よりも、当時与党であった自民党と公明党のかつての選挙公約(所得代替率50%の維持)を守ることが優先された結果と言えよう。あるいは、上に述べたマクロ経済スライドは、社会保障の専門家と呼ばれる人たちでも本質が見抜けていない複雑な仕組みである。
改革プロセスを、オープンに、分かりやすく、公正なものとするということは、少子高齢化が進み、低成長経済へ移行するもとでは、これまでと比べ厳しい年金財政の姿を国民に示すということにつながる。そうした正直な姿勢を政権党が有しているか否かも厳しく問う必要がある。
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